2022年01月17日
〜たろう歴史小ばなし〜頼朝挙兵吉日を占う筑前住吉宮神官昌長3/挙兵、その後

テトとたろう。いよいよ雪の釧路湿原へ、太陽の道へ、、、
さて、たろうの歴史小ばなし、、、。頼朝挙兵の吉日を占う、筑前住吉宮・小大夫昌長の巻、その3
これまで物語しました頼朝と住吉小大夫昌長についての二回に重なる部分もありますが、以下、「吾妻鏡」中の記述に沿い
頼朝挙兵後までを追います。
兄昌助とともに筑前から伊豆へと流された昌長が、はじめて頼朝の引見を受けるのが治承4年(1180)7月23日。
8月6日。再び召された昌長は、17日寅卯の刻を以て、平家目代山木判官・平兼隆襲撃するのが吉と占います。
前日16日。昌長は、頼朝舅・北条時政邸での閻魔王の役人・冥官に祈るという天冑地府祭を斎行。戦勝を祈願します。祭後、頼朝は、
手づから神鏡をとり昌長に渡します。帰還は希まぬという覚悟を示したのでせう。翌17日、挙兵当日。間道をとるべきだと
時政が進言しますが、頼朝は、大業のはじめ、堂々と大路をとると応じると、「また住吉小大夫昌長(腹巻を着す)
を軍士に副えらる。これ御祈祷を致すに依ってなり。」と吾妻鏡はつづります。
ここで、吾妻鏡は昌長を「軍士(師)」と記しますが、現代でいう参謀とは異なります。「御祈祷を致すに依って」と、述べ
られるように、軍中の祈祷をおこなう者をいいました。戦国時代に下っても「軍士・軍師」は、戦場で占術・祈祷をつとめる者
を言います。(つづく)
〜 参加者募集開始 〜
カヌーで多々良大橋をくぐり抜け、河畔公園のサクラに「春」うらららら、、、、
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