2012年03月21日
石村さん勅使道店「西公園のお花見団子」縁起

石村萬盛堂さんの香椎勅使道店で「西公園のお花見団子」なる季節限定のお団子を見つけ、ひとくさり。
萬盛堂の石村さんのお家は、元々、福岡藩に仕えた大工のお家でした。
昭和28年に、福岡城の塩見櫓が改修されますが、その際、石村次衛門と石村家のご先祖様の名が入った棟札が見つかっています。
他に、志賀海神社、崇福寺、東長寺、住吉神社能楽堂などが大工としての石村家が手がけた建築物としてあります。
そんな石村さんのお家が菓子屋となったのは当代を二代遡る、石村萬盛堂初代の善太郎さんからです。
現在の社長・善悟さんのおじい様ということですが、善太郎さんは、体質的に幾分弱かったということと、神仏に捧げるものである菓子造りに魅かれて、菓子職人の道を選びます。
修行は11歳の時から3年間。
対馬の明石家という菓子屋に奉公に出ます。
奉公は、一度も家にも博多にも戻ることなく続けられました。
3年が経ち、博多へ戻った時には、奉公に出た時と同じ着物で、袖の筒先が二の腕までまくし上がったうえ、つんつるてんだったと言います。
善太郎さんのお母様・タツさんは、そんな姿で博多港へ降り立った善太郎さんを、確り抱き寄せ、泣いたそうです。
その後、善太郎さんは、叔父さんにあたる石村夘三郎さんの石村萬歳堂さんの他、博多市中の数件の菓子屋での勤めを経て、明治38年(1905)に現在の石村萬盛堂を独立開業します。ちなみに、この年は、日露戦争の日本海海戦で、わが国が勝利した年でした。
で、
西公園での花見の季節には、西公園の参道際に山車を設けての団子売りが、開業当初だった、その頃の石村萬盛堂さんの年中行事だったのでした。
二代・善右さんは、少年の頃、西公園の参道際に父親の善太郎さんと並んで、他の店に競って、招き声を出していたことを、懐かしい思いでとして語っています。
香椎勅使道店で4月8日までの期間限定で売られている「西公園のお花見団子」は、そんな石村萬歳堂さんの創業当初の様子を物語る、特別なお団子なのです。
但馬守

こちら、おまけです。志賀島・海ノ中道の朝
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2012年03月19日
福岡市地下鉄、全駅Wi-Fi空間に/海中のロバ・ラマ
福岡市地下鉄、全35駅がWi-Fi空間に-4月末までに順次拡(天神経済新聞・全文へ)
(2012年03月13日)
福岡市交通局(福岡市中央区大名2)は3月12日、地下鉄全35駅に無線LANサービス「Wi-Fi」を4月末までに順次導入すると発表した。
Wi-Fiはパソコンやスマートフォン、タブレット端末向けの通信サービスで、現在はNTTドコモ、ソフトバンクモバイル、NTT西日本、NTTコミュニケーションズが姪浜、西新、赤坂、天神、中洲川端、博多、福岡空港駅の7駅に導入しているが、今回新たにKDDI、ワイヤ・アンド・ワイヤレスも3月末より、天神、博多、赤坂駅など9駅から順次導入を開始する。
NTTドコモ、ソフトバンクモバイルは4月初旬に、KDDIとワイヤ・アンド・ワイヤレスは4月末に全35駅に拡大。すべての駅構内でインターネットの利用が可能になる。
【海ノ中道経済新聞動画館】
こちら、海ノ中道公園のロバにラマたち
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生まれてはじめての替え玉固メンを、天神ビブレ「名代ラーメン亭」で快食中の太郎王
Posted by Frco.Don at
18:13
│Comments(0)
2012年03月07日
失われた川端通り入り口の「トリヨンフ」
先週の土曜日。
雨模様の中、川端通りの南側の入り口に差し掛かると、そこにあるはずの、喫茶店「トリヨンフ」がなくなり、更地になっていました。ここの所、なぜだかわかりませんが、気になって「トリヨンフ」で食事をしたいと思い、そんなことを食卓でも話題にしていたと所から、ボクは驚きました。
ボクは、ボクの心のうちにも更地ができた気がして何度も「トリヨンフ」の跡地に目をやり、やはり更地になっていることを確かめました。
あの店の二階は、屋根裏部屋然としていて、そこには、中学生にして「女」「司馬遼太郎」「カメラ」「星新一」、そして「井上陽水」「吉田拓郎」をボクに教えてくれた、親友が一人で住んでいました。彼の両親が何処にいるのかもボクは知りませんでした。彼は、あの屋根裏部屋に、ただ一人、住んでいるのでした。
ボクから、彼へと発信していたものといえば、まだ無名でいた頃の「植村直己」「やまがたすみこ」などでした。
彼は、たまには、「トリヨンフ」の厨房に入ることがありました。
カウンターに陣取るボクとの話に夢中になって、注文のスパゲッティーを真っ黒コゲにしてしまったりもしていました。
もう高校生になっていた時のことかと思うのですが、ある夜遅く「トリヨンフ」を訪ねて行くと、社会人か女子大生だろうと思う年格好の、初めて見る女性が一人でカウンターを陣取り、コーヒーを入れている、親友と話していることがありました。フロアーにはお客さんが2、3人いて、あの頃流行っていた、インベーダーゲームの音が、BGMに混じって店の中には響いていたような気がします。
ボクは、遠慮がちに、彼女から一番遠いカウンターの隅に腰掛けました。
彼女は、ときおりノースリーブのワンピースの腕を延ばしては、腰まである長い髪にふれながら、ボクが来た事など、おかまいなしに、親友へ話かけていました。
二人が、何を話していたものか、憶えていようはずもありませんが、ひとしきり話した彼女が店を後にすると、「あの女、大人っぽかろが、バッテン、年下ぜ」と親友はボクに教えてくれるのでした。
ボクは、ウブであることを恥じる思いで一杯になり、何も答えることができませんでした。
そんな彼は、お互い成人してすぐの頃。ボクが博多を離れ関東で暮らしていた、わずかな間に死んでしまったのでした。
一度でも入ったことがある人ならば、わかるのですが、「トリヨンフ」は20年、30年前で時間が止まっている気にさせられる店でした。ボクにとっては、二十歳そこそこで死んでしまった親友と過ごした時間のよどみが漂う場、とでも例えられる店でした。

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雨模様の中、川端通りの南側の入り口に差し掛かると、そこにあるはずの、喫茶店「トリヨンフ」がなくなり、更地になっていました。ここの所、なぜだかわかりませんが、気になって「トリヨンフ」で食事をしたいと思い、そんなことを食卓でも話題にしていたと所から、ボクは驚きました。
ボクは、ボクの心のうちにも更地ができた気がして何度も「トリヨンフ」の跡地に目をやり、やはり更地になっていることを確かめました。
あの店の二階は、屋根裏部屋然としていて、そこには、中学生にして「女」「司馬遼太郎」「カメラ」「星新一」、そして「井上陽水」「吉田拓郎」をボクに教えてくれた、親友が一人で住んでいました。彼の両親が何処にいるのかもボクは知りませんでした。彼は、あの屋根裏部屋に、ただ一人、住んでいるのでした。
ボクから、彼へと発信していたものといえば、まだ無名でいた頃の「植村直己」「やまがたすみこ」などでした。
彼は、たまには、「トリヨンフ」の厨房に入ることがありました。
カウンターに陣取るボクとの話に夢中になって、注文のスパゲッティーを真っ黒コゲにしてしまったりもしていました。
もう高校生になっていた時のことかと思うのですが、ある夜遅く「トリヨンフ」を訪ねて行くと、社会人か女子大生だろうと思う年格好の、初めて見る女性が一人でカウンターを陣取り、コーヒーを入れている、親友と話していることがありました。フロアーにはお客さんが2、3人いて、あの頃流行っていた、インベーダーゲームの音が、BGMに混じって店の中には響いていたような気がします。
ボクは、遠慮がちに、彼女から一番遠いカウンターの隅に腰掛けました。
彼女は、ときおりノースリーブのワンピースの腕を延ばしては、腰まである長い髪にふれながら、ボクが来た事など、おかまいなしに、親友へ話かけていました。
二人が、何を話していたものか、憶えていようはずもありませんが、ひとしきり話した彼女が店を後にすると、「あの女、大人っぽかろが、バッテン、年下ぜ」と親友はボクに教えてくれるのでした。
ボクは、ウブであることを恥じる思いで一杯になり、何も答えることができませんでした。
そんな彼は、お互い成人してすぐの頃。ボクが博多を離れ関東で暮らしていた、わずかな間に死んでしまったのでした。
一度でも入ったことがある人ならば、わかるのですが、「トリヨンフ」は20年、30年前で時間が止まっている気にさせられる店でした。ボクにとっては、二十歳そこそこで死んでしまった親友と過ごした時間のよどみが漂う場、とでも例えられる店でした。

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Posted by Frco.Don at
00:12
│Comments(0)
2012年03月01日
石村萬盛堂「献上・鶴乃子」起源と最高速体験のおまけ。
石村萬盛堂さまの銘菓「献上・鶴乃子」は、先帝陛下が「鶴乃子」がお好きで、よくめしあがられていた所から、特別に作られたお菓子です。
先帝昭和天皇さまが、「鶴乃子」をお好きで、よくめしあがられていると云う事を聞いた萬盛堂さんが、それでは、特別な「鶴乃子」を献上しようということで「献上・鶴乃子」が作られたのでした。
先帝陛下、ご不慮の際には、三笠宮妃、高松宮妃さまが石村萬盛堂さま本店を訪ねられ、「献上・鶴乃子」を求めていかれる、ということがありました。

こちら、萬盛堂さま本店に飾られていた雛さま

こちら、福岡モーターショー2012で最高速体験の太郎王です。
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