2009年07月15日
秀吉が食べた五十二萬石本舗さんのお菓子
秀吉が食べた五十二萬石本舗さんのお菓子(1)
証明できない420年前という創業と秀吉が喰ったというお菓子
二年前に出版された左の書籍。
「筑紫菓匠 五十二萬石如水庵 創業四二〇の軌跡」
との、タイトルが示すように、その内容は420年前とする五十二
萬石本舗さんの創業を検証するものになっている。
天正15(1587)年島津を征討した豊臣秀吉は、その帰路、博多に立ちより一月ほど滞
陣する。
秀吉は、この間、数度茶会を持ったが、その際、五十二萬石本舗の祖であるという松永庄
右衛門なる人物が菓子を献呈し、秀吉が賞味したとのだと同書は断定する。同時に、秀吉
に菓子を食わせた天正15年を五十二萬石本舗の創業の年としている。
ところが、松永庄右衛門なる人物の実在と、五十二萬石本舗の創業を語るために持ち出さ
れる話のどれもが、とても論拠とは言えるものではなかった。そこで筆者は、ある雑誌に
その内容を検証し、批判する小論を示した。
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あれから2年が過ぎたが同書の著者・荻野忠行氏が新たに
「福岡城天守は四層(四重)か」という著作を著され、前出書の続編と言える部分が差し
挟まれている。
その案内文によると、
「 福岡博多の老舗菓子店「五十二萬石如水庵」の前身(松永庄右衛門が創業した
栄松堂の存在を実証し(五十二萬石本舗社長森家の養子元である松永家を検証
して、松永庄右衛門の実在を戸籍から明確に検出した。博多の菓子歴史がひと
つ新たに明らかになった。 」
とのことなので目を通して見ると、天正年間の人物の実在如何を戸籍に求めたという所か
ら、最早どういうことなのかと思われるが、今回も松永庄右衛門の実在について何ら証明
されことなく、420年前という五十二萬石本舗さんの創業を説明してもいない。
そればかりか、「そして、ここで有名な茶会を(秀吉)行うのである。それにちなんだ
みどり餅というのが博多の銘菓になっている」として、五十二萬石本舗とは異なる菓子店
の菓子が、秀吉の茶会で進呈されたかのような記述もある。
また、今回の著作では、松永庄衛門が非差別部落と関わりがあったとする記述がある。
前著では、松永庄衛門が藩に米や砂糖を納めていたと断定して書かれた部分があったが、
愚かなであり、悲しいことだが、非差別部落と「食」において関わりを持つもの手から藩
が米や砂糖を入れるなどということは歴史的事実として考えられない。
改めて、秀吉に菓子を食わせたという五十二萬石如水庵の祖・松永庄衛門を探る。
(つづく・次回は24日までに掲示の予定)
〜 闘争する雑誌 Web板 7月12日週号 目次 〜
・ 連載・政治を調べる(1)/議員第二の給料「政務調査費」
・ 秀吉が食べた五十二万石本舗さんのお菓子(1)
・ 電気自動車.EVは博多の町ば走れると?(1)
・ 速報 朝倉市職員 ホームレス置り去り報道のその後
・ 天の邪鬼居士コラム 理由なき反抗・理由なき解散
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@ Blog campaign 福岡市東海岸/志賀島・海の中道・奈多三苫海岸を世界遺産に!
志賀島叶崎から糸島方面を望む
証明できない420年前という創業と秀吉が喰ったというお菓子

「筑紫菓匠 五十二萬石如水庵 創業四二〇の軌跡」
との、タイトルが示すように、その内容は420年前とする五十二
萬石本舗さんの創業を検証するものになっている。
天正15(1587)年島津を征討した豊臣秀吉は、その帰路、博多に立ちより一月ほど滞
陣する。
秀吉は、この間、数度茶会を持ったが、その際、五十二萬石本舗の祖であるという松永庄
右衛門なる人物が菓子を献呈し、秀吉が賞味したとのだと同書は断定する。同時に、秀吉
に菓子を食わせた天正15年を五十二萬石本舗の創業の年としている。
ところが、松永庄右衛門なる人物の実在と、五十二萬石本舗の創業を語るために持ち出さ
れる話のどれもが、とても論拠とは言えるものではなかった。そこで筆者は、ある雑誌に
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「福岡城天守は四層(四重)か」という著作を著され、前出書の続編と言える部分が差し
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その案内文によると、
「 福岡博多の老舗菓子店「五十二萬石如水庵」の前身(松永庄右衛門が創業した
栄松堂の存在を実証し(五十二萬石本舗社長森家の養子元である松永家を検証
して、松永庄右衛門の実在を戸籍から明確に検出した。博多の菓子歴史がひと
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とのことなので目を通して見ると、天正年間の人物の実在如何を戸籍に求めたという所か
ら、最早どういうことなのかと思われるが、今回も松永庄右衛門の実在について何ら証明
されことなく、420年前という五十二萬石本舗さんの創業を説明してもいない。
そればかりか、「そして、ここで有名な茶会を(秀吉)行うのである。それにちなんだ
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の菓子が、秀吉の茶会で進呈されたかのような記述もある。
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前著では、松永庄衛門が藩に米や砂糖を納めていたと断定して書かれた部分があったが、
愚かなであり、悲しいことだが、非差別部落と「食」において関わりを持つもの手から藩
が米や砂糖を入れるなどということは歴史的事実として考えられない。
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Posted by Frco.Don at 20:24│Comments(0)
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