2023年03月08日
長政以来.ご遷座騒動渦中.水鏡天神さん散歩二 〜「宝篋印塔」と自己紹する宝篋印塔 〜
慶長6年。福岡藩初代・黒田長政公の福岡・博多惣構え構想の街割り以来、二度目。天神ビックバン構想で御遷座が計画される、西日本有数の繁華街「天神」の名の起こり「水鏡天神」さん散策、その二、 〜境内の広田姓 〜の巻
広田弘毅先生幼少時の端正な揮毫による扁額「天満宮」を掲げることで知られる水鏡天神正面鳥居。


その右の柱下には、元和三年に洲崎町が建た鳥居を、明治二十年にいたり、東面を南面に変え、新たにした旨記す建立碑が建つ。

碑には、広田一蔵・広田利平・広田文市・広田正蔵・広田市三郎など広田姓がみえる。なお、広田弘毅先生父君は徳平。東公園・亀山上皇像基壇には石匠・広田徳平とある。
境内を本殿に進み、間垣を入ると左手に、天神社名物の御神牛像がご鎮座。その台座は「安政四年丁巳九月吉祥日 佐伯二郎吉安 石匠 広田平蔵親常」と刻む。


朝鮮人を装う広田弘毅先生。明治36年、未だ東京帝大在学中で朝鮮旅行中の一コマ。
ーーー ご案内
福岡市政たより 050201号
サクラの福岡城を絵図・古地図で散策、老松弁当食べてミニ講演
福岡市政たより 050215号
名島橋をくぐり「サクラと歴史の多々良川カヌートレイル」

福岡城天守台から望む、同鉄御門跡

西鉄多々良川架橋をくぐり抜けるカヤックフリーと
広田弘毅先生幼少時の端正な揮毫による扁額「天満宮」を掲げることで知られる水鏡天神正面鳥居。


その右の柱下には、元和三年に洲崎町が建た鳥居を、明治二十年にいたり、東面を南面に変え、新たにした旨記す建立碑が建つ。

碑には、広田一蔵・広田利平・広田文市・広田正蔵・広田市三郎など広田姓がみえる。なお、広田弘毅先生父君は徳平。東公園・亀山上皇像基壇には石匠・広田徳平とある。
境内を本殿に進み、間垣を入ると左手に、天神社名物の御神牛像がご鎮座。その台座は「安政四年丁巳九月吉祥日 佐伯二郎吉安 石匠 広田平蔵親常」と刻む。


朝鮮人を装う広田弘毅先生。明治36年、未だ東京帝大在学中で朝鮮旅行中の一コマ。
ーーー ご案内
福岡市政たより 050201号
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福岡市政たより 050215号
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福岡城天守台から望む、同鉄御門跡

西鉄多々良川架橋をくぐり抜けるカヤックフリーと
Posted by Frco.Don at 20:24│Comments(0)
│水鏡天神・長政公以来二度目の御遷座騒動
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