2013年09月18日
宗像氏貞 宗像大社再建の事・家人の事・領地高 石高の事
※画像は氏貞花押
・宗像大社再建の事
「宗像宮造営記録抄」に「弘治三年四月二十四日夜焼失天正六年迄二十二年神殿無之ナリ」とある
が天正六年六月一日正遷宮が行われた(筑前戦国史/吉永正春/葦書房/昭和51/238ページ)
・家人の事
「宗像大宮司天正十四年分限帳」によると氏貞直臣士分・四百五十六人、中間・雑色・厩衆五十人、
社官衆七十人、そのほか番匠・刀鍛冶・能太夫・塗師・笛吹等の諸芸衆二十人余、別に簾中に仕え
る女中など(筑前戦国史/吉永正春/葦書房/昭和51/238ページ)
・領地高 石高の事
「宗像大宮司天正十四年分限帳」によると氏貞領地高は宗像一円及び遠賀、鞍手に跨がり、総計
四五三三町八反七十歩とある。
徳川期元和元年、黒田長政幕府差し出しの検地表では宗像郡四万八千三百石とある。氏貞は鞍手・
遠賀も併有していたことから、更に石高はあったと考えられる。(筑前戦国史/吉永正春/葦書房
/昭和51/238ページ)
管理人「老騎兵」からのお知らせ
軍師黒田官兵衛を学んで語る Facebook 趣味活講座申し込みサイト
福岡市教育委員会/NHK福岡放送局後援
http://www.city.fukuoka.lg.jp/events/evt40083.html
軍師黒田官兵衛を学んで語る Facebook 趣味活講座ウェブチラシ
http://blogs.yahoo.co.jp/county_assembly2/31146610.html

・宗像大社再建の事
「宗像宮造営記録抄」に「弘治三年四月二十四日夜焼失天正六年迄二十二年神殿無之ナリ」とある
が天正六年六月一日正遷宮が行われた(筑前戦国史/吉永正春/葦書房/昭和51/238ページ)
・家人の事
「宗像大宮司天正十四年分限帳」によると氏貞直臣士分・四百五十六人、中間・雑色・厩衆五十人、
社官衆七十人、そのほか番匠・刀鍛冶・能太夫・塗師・笛吹等の諸芸衆二十人余、別に簾中に仕え
る女中など(筑前戦国史/吉永正春/葦書房/昭和51/238ページ)
・領地高 石高の事
「宗像大宮司天正十四年分限帳」によると氏貞領地高は宗像一円及び遠賀、鞍手に跨がり、総計
四五三三町八反七十歩とある。
徳川期元和元年、黒田長政幕府差し出しの検地表では宗像郡四万八千三百石とある。氏貞は鞍手・
遠賀も併有していたことから、更に石高はあったと考えられる。(筑前戦国史/吉永正春/葦書房
/昭和51/238ページ)
管理人「老騎兵」からのお知らせ
軍師黒田官兵衛を学んで語る Facebook 趣味活講座申し込みサイト
福岡市教育委員会/NHK福岡放送局後援
http://www.city.fukuoka.lg.jp/events/evt40083.html
軍師黒田官兵衛を学んで語る Facebook 趣味活講座ウェブチラシ
http://blogs.yahoo.co.jp/county_assembly2/31146610.html

宗像三女神、織縫神としての文献資料、民俗・考古資料
大嘗祭祭儀の始源、阿曇神話・海幸山幸神話と龍神
旧暦7月7日.七夕・三女神・多紀理比売の娘、下照比売の兄・阿遅志貴高日子根を詠う歌
兄媛神の谷・奴山/福津市奴山集落
兄媛、弟媛、呉織、穴織の宗像七十五社中 縫殿神社 福津市奴山
大嘗祭祭儀の始源、阿曇神話・海幸山幸神話と龍神
旧暦7月7日.七夕・三女神・多紀理比売の娘、下照比売の兄・阿遅志貴高日子根を詠う歌
兄媛神の谷・奴山/福津市奴山集落
兄媛、弟媛、呉織、穴織の宗像七十五社中 縫殿神社 福津市奴山
Posted by Frco.Don at 06:47│Comments(0)
│三女神の海