2024年02月12日
女こそ重要、平安社会/道長「望月の歌」への暗喩/式部日記から元輔セリフ・伊勢物語・万葉集から
〜光の君へ 第6回「 ふたりの才女」〜
冒頭、水鏡に映る道長の顔に見入る、まひろ式部。
『源氏物語』には、政敵、右大臣六女、東宮時代の朱雀帝の寵愛を受けた「朧月夜」との恋愛が原因で、須磨へ流されるごとく隠退を余儀なくされた源氏へ、妻の紫の上が贈る歌があります、、
別れても 影だに止まる ものならば 鏡を見ても慰めてまし
(たとえお別れしても、あなたの影がとどめる鏡をのぞき、お会いできない寂しさを慰めます)
為時が「そなたが男であれば」と嘆き、「女でも役に立つことが」と、まひろが答えます。倫子のサロンへ通うことを続ける意思を
まひろが明らかにする場面
女として女房・紫式部が重要な役割を担っていたことは、藤原実資が日記『小右記』長和二年五月二十五日 条に伝えています
資平を去んぬる夜密々皇太后に参らしむ。東宮 御悩みの間、仮により不参の由を啓せしむ。今朝帰り 来たりて云わく、去んぬる夜、女房に相逢う(越後守 為時の女。此の女を以て前々雑事を啓せしむるのみ)。 彼の女云わく、東宮の御悩み重きにあらずと雖も、猶 御尋常ならざる内、熱気いまだ散じたまわず。亦左府(道長)聊か患いの気あり、てへり」
こうして、実資は越後守為時の女である女房つまり、紫式部を通じて、皇太后(一条天皇母・彰子)に雑事を申し上げていたこと、左府・道長についての情報を得ていたこと、を、記録しています
兼家が、唐突に道長に対して源倫子の婿になれと進めます。この時代、結婚は嫁取り婚ではなく、婿取り婚が一般的でした。道長が倫子と結ばれたのは事実です.その仲人役について「光の君へ」は、兼家を設定するわけですが、道長姉詮子・東三条院だといわれています
倫子父・左大臣源雅信は、道長を婿にとることに反対だったようですが、母・穆子は道長の才を見抜き倫子が道長と結ばれることを強く願ったと『栄花物語』は述べます
隆家邸で催された漢詩会では、藤原公任作について、まひろ式部と今回が初登場となる桔梗納言の評が示されます
「白楽天のような歌いぶりでございました」とまひろ。「むしろ、白楽天の無二の親友だった元微之のような闊達な歌いぶり」と桔梗納言。ここでふたりが名をあげた唐の詩人・白楽天と元微之については、『小右記』に実資が記録して、今に伝わる道長の「望月の」云々の歌との関わりが暗喩としてあるやうな、、、。白楽天、元微之の名をだしての、ふたりの評に隠される喩えについての答は、これから触れられることもあるかもしれません
父・清原元輔が桔梗納言にたいして、「出しゃばるな」的なことを言います。
これは、『紫式部日記』に
清少納言こそ、したり顔にいみじうはべりける人。さばかりさかしだち、真名書き散らしてはべるほども、よく見れば、まだいと足らぬこと多かり。かく、人に異ならむと思ひ好める人は、かならず見劣りし、行末うたてのみはべれば、艶になりぬる人は、いとすごうすずろなる折も、もののあはれにすすみ、をかしきことも見過ぐさぬほどに、おのづからさるまじくあだなるさまにもなるにはべるべし。そのあだになりぬる人の果て、いかでかはよくはべらむ
清少納言は得意に漢字を使うが、漢文の知識は未熟。勘違いで「自分は人と違うん」と思い込んでいるだけで見劣りする。ひとときの間ちやほやされても、そのうちにおわる
と、式部が書く清少納言への評価を、かわりに元輔に言わせています
漢詩会での、はからずもの久しぶりの再会に道長がまひろ式部へ贈った歌は、
ちはやぶる神の斎垣も越えぬべし 恋しき人のみまく欲しさに
『伊勢物語』
ちはやぶる 神の斎垣も 越えぬべし 大宮人の 見まくほしさに
(神が敷く結界も破り、都人であるあなたに会いたい)
『万葉集』
ちはやぶる 神の斎垣も越えぬべし 今はわが名は 惜しけくも無し
(神が敷く結界も破り、あなたに会おう。わたしの名などどれほどのものか)
からの元歌取り。ドラマオリジナルの歌作のようです
記事内のリンクに不具合がある場合には、ご一報いただけるとしあわせです。
tahi_qz@ybb.ne.jp
紫式部・吉高由里子日記・目次リンク
〜 光の君へ 〜次回予告Movie
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〒811-0322 福岡市東区大岳3-21-1-301
090-2512-4299・清田
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冒頭、水鏡に映る道長の顔に見入る、まひろ式部。
『源氏物語』には、政敵、右大臣六女、東宮時代の朱雀帝の寵愛を受けた「朧月夜」との恋愛が原因で、須磨へ流されるごとく隠退を余儀なくされた源氏へ、妻の紫の上が贈る歌があります、、
別れても 影だに止まる ものならば 鏡を見ても慰めてまし
(たとえお別れしても、あなたの影がとどめる鏡をのぞき、お会いできない寂しさを慰めます)
為時が「そなたが男であれば」と嘆き、「女でも役に立つことが」と、まひろが答えます。倫子のサロンへ通うことを続ける意思を
まひろが明らかにする場面
女として女房・紫式部が重要な役割を担っていたことは、藤原実資が日記『小右記』長和二年五月二十五日 条に伝えています
資平を去んぬる夜密々皇太后に参らしむ。東宮 御悩みの間、仮により不参の由を啓せしむ。今朝帰り 来たりて云わく、去んぬる夜、女房に相逢う(越後守 為時の女。此の女を以て前々雑事を啓せしむるのみ)。 彼の女云わく、東宮の御悩み重きにあらずと雖も、猶 御尋常ならざる内、熱気いまだ散じたまわず。亦左府(道長)聊か患いの気あり、てへり」
こうして、実資は越後守為時の女である女房つまり、紫式部を通じて、皇太后(一条天皇母・彰子)に雑事を申し上げていたこと、左府・道長についての情報を得ていたこと、を、記録しています
兼家が、唐突に道長に対して源倫子の婿になれと進めます。この時代、結婚は嫁取り婚ではなく、婿取り婚が一般的でした。道長が倫子と結ばれたのは事実です.その仲人役について「光の君へ」は、兼家を設定するわけですが、道長姉詮子・東三条院だといわれています
倫子父・左大臣源雅信は、道長を婿にとることに反対だったようですが、母・穆子は道長の才を見抜き倫子が道長と結ばれることを強く願ったと『栄花物語』は述べます
隆家邸で催された漢詩会では、藤原公任作について、まひろ式部と今回が初登場となる桔梗納言の評が示されます
「白楽天のような歌いぶりでございました」とまひろ。「むしろ、白楽天の無二の親友だった元微之のような闊達な歌いぶり」と桔梗納言。ここでふたりが名をあげた唐の詩人・白楽天と元微之については、『小右記』に実資が記録して、今に伝わる道長の「望月の」云々の歌との関わりが暗喩としてあるやうな、、、。白楽天、元微之の名をだしての、ふたりの評に隠される喩えについての答は、これから触れられることもあるかもしれません
父・清原元輔が桔梗納言にたいして、「出しゃばるな」的なことを言います。
これは、『紫式部日記』に
清少納言こそ、したり顔にいみじうはべりける人。さばかりさかしだち、真名書き散らしてはべるほども、よく見れば、まだいと足らぬこと多かり。かく、人に異ならむと思ひ好める人は、かならず見劣りし、行末うたてのみはべれば、艶になりぬる人は、いとすごうすずろなる折も、もののあはれにすすみ、をかしきことも見過ぐさぬほどに、おのづからさるまじくあだなるさまにもなるにはべるべし。そのあだになりぬる人の果て、いかでかはよくはべらむ
清少納言は得意に漢字を使うが、漢文の知識は未熟。勘違いで「自分は人と違うん」と思い込んでいるだけで見劣りする。ひとときの間ちやほやされても、そのうちにおわる
と、式部が書く清少納言への評価を、かわりに元輔に言わせています
漢詩会での、はからずもの久しぶりの再会に道長がまひろ式部へ贈った歌は、
ちはやぶる神の斎垣も越えぬべし 恋しき人のみまく欲しさに
『伊勢物語』
ちはやぶる 神の斎垣も 越えぬべし 大宮人の 見まくほしさに
(神が敷く結界も破り、都人であるあなたに会いたい)
『万葉集』
ちはやぶる 神の斎垣も越えぬべし 今はわが名は 惜しけくも無し
(神が敷く結界も破り、あなたに会おう。わたしの名などどれほどのものか)
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090-2512-4299・清田
tahi_qz@ybb.ne.jp
涙を流した宮仕・清少納言/初めて個を物語した道綱母・寧子
【明子の呪詛/兼家と怪異】/【兼家の派手な衣装と金峯山参りと『枕草子』】
定子、一条天皇に入内を面白くなかって道長/この漢詩の筆跡はだれ?と聴く倫子、、、
懸想文なく女御を尋ねる柄本道長。日記中に逢瀬の野暮を記される父兼家
出家後も女御を漁る花山天皇・一条天皇に除目を抗議、撤回を実現する為時
望月の歌の現代的解釈への伏線?花山天皇出家を予測できずメンツを潰される『大鏡』中の安倍晴明
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Posted by Frco.Don at 07:26│Comments(0)
│紫式部・吉高由里子日記