ビビートまりお「リスペク風神」が好きなたろうは、ドサン馬・テトと雪の中
雪の日は「リスペク風神」を歌いながら跳ねる!
さて、多々良川小ばなし、その2「名島城」
天文年間、大友一族・立花鑑載が立花城出城として築いたと、、、
天正15年(1589)、九州平定を終えた豊臣秀吉が小早川隆景に筑前、筑後、肥前の一部を与え、中世城郭としての
海城として改修。肥前名護屋城が落成するまでの間、秀吉による朝鮮出兵構想を支える最前線の城としての役割を、、、。
慶長5年(1600)。関ヶ原戦後、黒田が入るが、福岡城築城に同城資材が使用され、慶長7年(1602)廃城。なのだそーーな。
貝原益軒『筑前国続風土記』糟屋郡・名島弁財天社に、、、
今の社東いと高き山を神宮が峯と云う。此山則いにしへ社ありし所也。一説、神功皇后ののぼらせ給ふ峯なる故に、
神功が峯と云。小早川隆景、名島の城を築れし時、今の所にうつさる。神宮峯の南を鳥居峯とといふ。是鳥居を建
たりし所也。(城ありし時は南の丸といふ)元禄年中、国君より社をむかしのごとく山上に移され、神殿を綺麗に
改めて作りて、石の鳥居を立給う。
と、あるのです
昭和初めの頃の名島城後。左側から、中央の九州電力名島火力発電所の煙突の後ろにつづく丘陵。奥は立花城の立花山。
手前は多々良川河口のヨットハーバー
〜 参加者募集開始 〜
カヌーで多々良大橋をくぐり抜け、河畔公園のサクラに「春」うらららら、、、、
3月26日(土)歴史とサクラの多々良川カヌートレイル・募集チラシページ
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乗換案内のジョルダン「花見特集2022」で紹介された!
多々良川カヌートレイルの桜
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